こんにちは、山岡鍼灸院の古瀬です。
「ととのえ日記」第2回は、ちょっとだけ僕の幼少期のことをお話しさせてください。普段の施術中ではなかなか話せないことですが、自分のルーツを振り返ってみると、いまの仕事とのつながりが見えてくる気がするんです。
古瀬家の次男として、出雲で生まれる
1996年10月9日。島根県出雲市平田町・灘分にある「古瀬家」で、僕は次男として生まれました。
2歳上の兄がいて、毎日がにぎやかで楽しかったのを覚えています。小さい頃の僕は、とにかく兄が大好き。遊び方も話し方も、歩き方までもマネしていたらしく、「そっくり兄弟だね」とよく言われていました。
おもちゃは、まずバラバラにする子だった
そんな僕がもうひとつ夢中だったのが、「分解」です。
おもちゃ、リモコン、時計。気になるものがあれば、すぐにバラバラにしていました。
「これ、中どうなっているんだろう?」
そのワクワクした気持ちが止まらなくて、どんどん分解してはご満悦。ただし、元に戻せたことは…ほとんどありません。
おじいちゃんのそばが、僕の安心基地だった
両親は共働きだったので、僕は保育園に通っていました。
朝はおじいちゃんに送ってもらっていたのですが、お別れが寂しくてギャン泣きしていたことを、今でも覚えています。
夕方になると「もうすぐお迎えだ!」とウキウキして、家に帰ると真っ先におじいちゃんのところへ。とにかく、おじいちゃんのそばが大好きでした。いつもくっついて、安心しきっていたと思います。
今振り返ると、あのときに感じていたぬくもりや安心感が、僕の心の土台になっていたんだと思います。
「なんで?」を、放っておけない子のままで
こうして振り返ってみると、僕は昔から「なんで?どうして?」と気になったことを放っておけない性格でした。気になると、とことん突き詰めたくなる。自分の目で見て、確かめてみたくなる。
その好奇心や観察力は、いまの仕事にもつながっているのかもしれません。
患者さんの体の声に耳を傾けて、症状の奥にある「ほんとうの原因」を探っていく。そんな姿勢も、きっとこのころから育まれていたのだろうな、と思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。次回もまた、ととのえ日記でお会いできたら嬉しいです。
